きしめん辞典
きしめんに関する
あらゆる知識をご紹介!
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夏野菜と冷たくひやしたトマトソースのきしめん<家庭のレシピ>
※写真は吉田麺業の饂飩deぱすた(うどんでパスタ)です。応用したレシピをご紹介します。
熱い夏にぴったり!夏野菜と冷たくひやしたトマトソースのきしめん。
つるつる食が進む冷製きしめん。
ズッキーニ、なす、パプリカ、トマト、色鮮やかな夏野菜で元気に過ごしましょう。【注意】吉田麺業の麺には塩が入っています。塩を入れずにゆでてください。
■材料(2人分)
- きしめん 1袋
- ズッキーニ
- なす
- パプリカ
- トマト
- にんにく
- 塩・コショウ
- オリーブオイル
※適宜。
■基本の作り方
- きしめんをゆでて、水洗いしてザルに上げます。
- ボウルに1cm角のざく切りにしたトマト、すりおろしたにんにく、オリーブオイル、塩・コショウを加え、味をととのえ冷蔵庫で冷やしておきます。
- ズッキーニ、なす、パプリカなど夏野菜をオリーブオイルで炒め、塩・コショウで味をととのえておきます。
- お皿にきしめんを盛り、炒めておいた夏野菜をのせ、冷やした2のトマトソースをかけます。
■食べ方のポイント
- バジル、細かく切った青じそをかけてもおいしく召し上がれます。
- きしめんはパッケージの指定に従って茹でてから、冷水でしっかりと締めます。
このとき、茹で上がった麺は冷水に入れ、2回ほど水を替えながら手早く完全に冷ますのがポイントです。
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春野菜のペペロンチーノ風きしめん<家庭のレシピ>
※写真は吉田麺業の饂飩deぱすた(うどんでパスタ)です。応用したレシピをご紹介します。
春野菜を食べよう!春野菜たっぷり・ペペロンチーノ風。
春キャベツ、菜の花で季節を堪能。鷹の目でピリッとアクセントを。
いまだから楽しめる旬な食材を使って、春を感じましょう。■材料(2人分)
- きしめん 1袋
- ベーコン
- 春キャベツ
- 菜の花
- 鷹の爪
- にんにく
- 塩・コショウ
- コンソメ
※適宜。
■基本の作り方
- きしめんを茹でて、冷水にサッと入れてザルに上げます。
- 菜の花、春キャベツは、色よくサッと茹でておきます。
ベーコンも火に通しておきます。 - フライパンにオリーブオイルを入れ、みじん切りにしたにんにくを弱火で香りが出るまで炒め、輪切りにした鷹の爪を入れます。
- 3.に少量のお湯または茹で汁とコンソメを加え、きしめん・野菜・ベーコンを入れ手早く和えて、塩・コショウで味を整えます。
■食べ方のポイント
- 菜の花、春キャベツは食感を残すために、サッと茹でましょう。
- きしめんはパッケージの指定に従って茹でてから、冷水でしっかりと締めます。
このとき、茹で上がった麺は冷水に入れ、2回ほど水を替えながら手早く完全に冷ますのがポイントです。
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きしめんの麺はなぜ平たいの?
名古屋名物「きしめん」はなぜ平たいのでしょうか?
きしめんが平たいのは、昔、ゆで時間と燃料費を節約する必要があったから
きしめんはうどんより少し平たいです。
麺を平たくする理由は、ゆで時間が約半分程に短縮でき、燃料代の節約にもなるからです。
きしめんは江戸時代から庶民の間で親しまれていました。
当時の燃料は薪。燃料節約の必要性が高い時代です。
燃料費を節約でき、時間も短縮できるきしめんは、名古屋人の経済観念に合っていたので、広まっていったのでしょう。
※諸説あります。
きしめんとうどんの違いは?(麺の幅、厚さの基準)
きしめん、うどん、麺の幅や厚さに基準はあるのでしょうか。
- 手打ち麺:基準なし
最近は幅広麺がブームです。
幅が5センチ近くもある麺を出している店もあります。 - 乾麺:基準あり
幅4.5mm、厚さ2mm未満。「幅4.5mm厚さが2mm未満の帯状に成形したものにあっては、干しひら麺、ひら麺、きしめんまたはひもかわと記載することができる」
※日本農林規格(JAS)の乾めん類品質表示基準より。
名古屋のきしめんの特徴
きしめんはうどんより平たいので、うどんとはまた違った食感を楽しめます。
もちもち食感で、やわらかい中にもしっかりとしたこしがあり、つるっとしたのど越しであることが名古屋のきしめんの魅力です。
- 手打ち麺:基準なし
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名古屋名物の中で最も古い「きしめん」
「きしめん」はいつ生まれたの?名前の由来は?
きしめんは江戸時代生まれ
名古屋名物の多くは昭和30年代の高度経済成長期に生まれています。
きしめんは最も古い歴史を誇っており、江戸時代生まれです。平打ちした麺をたまり醤油を使ったつゆにホウレン草などの青菜、煮揚げ、花がつおを盛り付けたスタイルは江戸時代の終わりから明治時代初期には確立されていたといわれています。
きしめんの名前の由来ははっきりとはわかっていない
きしめんの名前の由来については諸説ありますが、どれも推測の域を出ません。
きしめんに関する文献が残っていないのは、名古屋の庶民によって育まれた大衆文化だからでしょう。ただ、有力説はありますのでご紹介します。
きしめんの名前の由来/有力説
- 「棊子麺(きじめん)」説
「棊」とは「碁石」のこと。
碁石形の麺に、きな粉を付けて食べた「きじめん」が転じて「きしめん」になったという説。
丸い碁石の形をした麺は中国から伝来したといわれています。 - 「雉麺(きじめん)」説
江戸時代、尾張藩の殿様が雉(きじ)肉入りの田舎うどんを好んで食べたことから、「雉麺」がなまって「きしめん」になったという説。
きしめんに入る油揚げはその名残ともいわれています。 - 「紀州麺(きしゅうめん)」説
紀州藩の殿様が尾張藩の殿様に贈った麺が「紀州麺」と呼ばれ、いつの間にか「きしめん」になったという説。
3つのうち、最も有力な説は「棊子麺(きじめん)」説です。
- 「棊子麺(きじめん)」説
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製麺業者が語る!明治~令和の「小麦粉」の歴史
明治23年創業きしめんづくり一筋の当社・吉田麺業が、製麺業者の視点から明治から令和までの小麦粉のあゆみを紹介します。
※あくまで吉田麺業の見解です。明治から戦前までは国産小麦が手に入りやすかった
吉田麺業の位置する名古屋市中川区荒子には田畑が広がり、原料の小麦を地元で簡単に調達することができました。
明治時代は自給自足ができていたのです。
明治、大正、昭和の戦前までは国産小麦を使用して麺づくりをしていました。戦後、食料難で小麦粉が手に入りにくくなる
終戦後は深刻な食糧不足におちいったため、外国産の輸入小麦に頼り、麺・パンなどを戦前より多く食べるようになりました。
いまに比べれば黒っぽい質の悪い小麦粉でしたが、みな食べ物に困っており、食べ物があるだけでありがたいと感じる時代でした。
高度経済成長期になると一時期、漂白された真っ白な小麦粉が流通し、白い麺が好まれるようになります。
平成の後半からは国産小麦の生産が広まる
2010年代ころから小麦粉の品種改良が進み、めん適性のよい小麦が国内で作られるようになりました。
麺づくり専用の小麦粉も開発されました。
国産の小麦は少し黄色いのが特徴です。吉田麺業では、北海道・愛知県・三重県産などの国産小麦粉をブレンドし、化学的な保存料などの添加物は使わず、昔ながらのきしめんをつくり続けています。